帰国生入試の受験準備を行うのに最適な環境とは?vol.3 ―帰国生大学入試についてvol.72―

(2012年3月19日 15:25)

こんにちは。SOLの余語です。
前回は、「競争的な環境」に置かれることで人がどのような行動を取るようになるかということを、スポーツのように目標が定まっている場面と現代の企業が直面している状況のように目指すべきものが明確に判断できない場面に分けて検討してみました。多くの場合、「競争的な環境」は前者のような場面で個人の成長につながりますが、後者においては少数の成功例をその他の人が模倣するという状況が出来します。帰国生が大学受験の準備を行う場を選ぶ時にはこのような傾向とそれが個人に与える影響について十分に考慮しなくてはなりません。


日本の大学の帰国生入試は学科試験に小論文試験があるのが一般的ですが、そこでは課題文として出題されたものを正確に読解することと、与えられたテーマに関して「説得力のある文章」を書くことが求められます。このうち、「説得力ある文章」とは何かという点について市販の小論文のテキストなどに当たってみると、テーマに対する自分の主張があり、それを十分にサポートするだけの論拠があるものという抽象的な説明を目にすることが多いでしょう(僕らも上のような問いを、具体的な文脈がない形で問われたら、同じように答えると思います)。


しかし、このような「説得力ある文章」の定義が具体的に何を意味しているのかということを考えてみた場合、特に新聞や新書などで論説文に分類されるものにふれた経験がある人は、そこには様々な形がありうるという結論に到達するはずです。例えば、昨年のSOLでの小論文の授業で「現代社会においては死が遠い存在になり、その影響が様々な場面で見られる」という文章を読み、筆者の主張に関する考えを小論文として書くという課題を出題したことがありました。そこで提出された答案の中には、問題文の筆者が現代社会で死が遠い存在になった原因として挙げている現象などが実際に存在するのかということを考察するものもあれば、そのような現象の存在については争わず、それが人間の思考にどのような影響を与えるかということを論じる内容の中心としたものもあります。また、体調が優れなくても病院に行かず、その後に致命的な疾患が発見された女性モデルの話を例に挙げ、確かに筆者が述べるような影響が見られるという内容の文章を書いた人もいました。


これらの小論文は、「現代社会において死が遠い存在になっている」という主張をするものとしてそれぞれ十分な説得力を持ったものですが、このようなシンプルなテーマに関して、課題文の内容に沿った主張をするのでもこれだけ多様な切り口があることを考えると、「説得力ある文章」には一定の明確な型がないということが言えると思います。つまり、評価される小論文を書くことが求められることは、前回の記事で挙げた携帯電話業界などと同じように、目指すべきものが明確に判断できない状況に置かれるということということになり、「競争的な環境」で準備をすることになった受験生の中で、授業で配布される他の人の高い評価を受けた答案を模倣することを小論文試験対策の中心に据える人が出て来たとしても不思議はありません(あまり「競争的な環境」とは言えないSOLの生徒でも小論文を書き始めて1、2ヶ月の間は、課題文または答案検討の際に題材として配った答案に書かれている小論文をそのままの形か、文末の表現など細かい箇所に変更を加えた形で書き写したものを、自分の答案として提出する人がいます)。


子どもが成長する過程を見れば明らかなように、人間は誰しも固有の語り口を生まれながらにして持っているわけではないこと(子どもは親の口真似をすることから話すことを始めます)を考えると、小論文を書き始めた段階で他人の答案を模倣することは決して悪いことではありませんし、むしろ当然のことと言えると思います。ただし、これは自分で文章の内容や構成を考えられるようになるまでの過渡的な段階においてのみ正当性が認められるものであり、最終的には捨て去らなければならない姿勢です。次回はこの点について詳述します。


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