帰国生入試の受験準備を行うのに最適な環境とは?vol.4 ―帰国生大学入試についてvol.73―

(2012年3月23日 15:10)

こんにちは。SOLの余語です。
前回の記事では、「競争的な環境」に置かれた帰国生は小論文を実際に書く段階で授業中に模範答案とされたものなどの模倣をする可能性が高いということを述べました。


※ここまで「競争的な環境」とはどのようなものかについて詳しく説明してきませんでしたが、定期的に模試がありその点数によってクラス替えがあるという環境は当然それに含まれます。また、そこまで行かなくとも入塾の段階でレベル分けのテストがあったり、進路指導の際に、前年までの出願者数や倍率に焦点を置いた形で受験校を提案したりするなど、帰国生入試には多くの場合定員が実質的に存在せず、論述力や日本語や英語で書かれた文章の内容を理解する能力を大学の求める基準まで高めることが重要であるということに意識的でなく、受験生に入試の競争的な側面に注目させてしまうようなところも、ここで言う「競争的な環境」に当たるものです。


IB Japaneseコースなどを履修していない多くの人にとって、日本語で文章を書くという作業は初めて行うものであることを考えると、他の人の書いた文章を模倣して答案を作成するというのは受験準備の初期の段階ではやむを得ないことですし、小論文試験の対策を行ったことがある人なら誰もが経験していることだと思います。しかし、一方でこのような学習姿勢はあくまで一時的に許容されるものであり、最終的には小論文を書くことについて自分なりのアプローチを見つけなければならないということも、帰国生入試でよい成果を収めたいのであれば忘れてはならないことです(「自分なりのアプローチ」とは必ずしも「他人と異なるアプローチ」ということを意味するものではありません。この点については以前の記事で説明してありますので、そちらを参照してください)。


実際に小論文を書くという経験が一定程度蓄積された段階で、他人の答案を模倣するという学習姿勢を放棄しなければならない理由の一つは、予備校などにおいてどれだけ小論文対策の授業が完璧に行われたとしても、そこで実際に入試において出題されるトピックを全てカヴァーすることは不可能であるということです。ある年の小論文試験で取り上げられるであろう論題を予測するのにはまず、それまでの出題傾向を分析するという方法がありますが、入試問題を作成する担当者の学問的な関心事(もしくは、その大学に入学する人に理解しておいてほしいと考えていること)が前年までとは違うものになったり、そもそも担当者自体が変更になったりということは十分に可能性があることだと思われます。


また、入試のある年やその前年などに起きたこと、そして継続的に注目を集めている社会現象などを確認し小論文問題を予測するという方向性も考えられますが、社会や人間の思考、その生活のあり方は時々刻々と変化するものですし、社会問題としてよく取り上げられる事象に関して、出題者が世間一般で言われているような捉え方をしているとは限りません。この点、例えば一昨年の中央大学商学部では小論文試験の課題文として、子どもの出生数の変化に関するものが出題されました。しかし、その内容は、新聞などで広く見られる「少子化=好ましくない現象」という図式に乗ったものではなく、子どもが多く生まれることがある社会で望ましいものとされるかどうかは、各時代の政府が有している政治的意図などによって左右されるというものでした。


他の人の答案や予備校などの授業で言われたことを模倣して小論文を書くという姿勢でいた人の中には、この課題文で述べられていることに対する自分の考えを書くことを求められた時に、「何を書けばいいのだろう?」とパニック状態に陥った、もしくは課題文の内容に関係なく、少子化問題についてこれまでに見聞きしたものをそのまま答案の中で再現しようとした人(嘘のような話ですが、このようなことをする人は実際に存在するようです)がいると思います。これでは、小論文試験で十分な評価を得るのは難しいことでしょう。


なお、他人の答案などを模倣するということに終始する姿勢は望ましくないと考える理由は他にもあり、次回はそれについて述べる予定です。それでは、今回の内容に関して、ご質問などがありましたら、以下のフォームよりご連絡ください。


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