「個性的」な小論文を書けるようになるべきか?vol.1 ―帰国生大学入試についてvol.9―

(2010年12月21日 14:38)


こんにちは。SOLの余語です。
この「帰国生大学入試について」というシリーズでは、これまで出願資格や海外で事前の準備として行うべきことについて説明してきましたが、これからは折にふれて、受験準備期の小論文試験対策の話をする予定です。今回は、その1回目として、「個性的」な小論文を書けるようになるべきかということをテーマにしたいと思います。

僕が日本語作文や小論文の授業を担当するようになってから10年以上が経ちますが、その中で時々、学校やそれまでに指導を受けてきた塾などで「個性的」な文章を書くようにという指導を受けてきた生徒に出会うことがあります。

「個性」という言葉は一般的に、「他の人とは異なること」という意味で使われる場合と、「自分らしいこと」という意味で使われる場合がありますが、「個性的」な文章を書くように指導を受けた生徒は、この言葉を前者の意味で捉えることが多いようです。また、このような指導が学校や予備校などで一般的に行われているかに関してはよくわかりませんが、「他の人が書かないような主張しなければ、入試では評価されない」と他の講師が生徒に言っているのを耳にしたことが何度もあります。

確かに、他の人がしたことのないような体験を具体例として挙げることは、自分の海外生活が充実したものであったことを伝えるということでは有効なものでしょう。また、一度に多くの小論文答案が添削される帰国生大学入試(帰国生高校入試、中学入試でも同様です)では、他人とは異なる見解を提示することが、添削の担当者に対して強いアピールとなるという考えがあるのかもしれません。

しかし、小論文対策の指導において、文体や構成、そこで提示する主張や具体例などの点で、他の人が書かないような形で書くことを奨励してもよいのかということについては、疑問が残ります。僕は以前、大学院に在籍して法学を学んでいましたが、そこでは論文を書くことについて、「大学の卒業論文は形式的に整っていれば十分。修士論文は世の中にある見解を自分なりに整理できていれば合格。自分の独自色を出すのは博士課程に入ってからだ」と言われたことがあります(小論文と大学や大学院で書く論文ではスケールが違うと思われるかもしれませんが、それはテーマの抽象性や字数の問題だけで、文章を書く際の基本的マナーとしては共通する点が多くあります)。

また、この点に関連して、僕が研究していた学問領域で高名な先生から、「学問の分野において、他の人とは異なる考えを破綻なく示すことができるようになるのは、退官してから(つまり、60歳代に入ってからということですね)である」という話を聞いたこともあります。学問の世界でこのようなことが言われるのには、自分の見解を(それが他の人とは異なるものでなくても)説得力ある形で作り上げることが難しいということが背景にあります。ある学問的なテーマ(これが社会問題でも同じことですが)には、それぞれに相反するような内容を持つ、結論を出すまでに考えるべき事柄が複数存在します(時には、相反するのかがわからないものもあります)。そして、これら全てに適当な重みを与えながら、結論に向かう過程を進んでいかないと、行き着いた先にあるものは「極論である」として、他の人から斥けられてしまったり、客観的に誤った結論にたどり着いてしまったりということになるのです。

これは例えば、経済学の領域でかつて人気のあった(今もあるかもしれません)共産主義や新自由主義という理論のことを考えてみるとわかると思います。これらの理論が一世を風靡した時代がありましたが、誤ったものである(可能性が高い)という認識は経験則的に広く共有されているものだと思います。それは、前者が結果の平等の実現ということに捕らわれて、結果的に生じる差異が人間を奮い立たせるということを軽視しすぎたことによるものですし、後者は逆に結果の平等の実現の重要性を過小評価したために、現実とは合わない理論になってしまいました。もちろんそれぞれの理論を提示した研究者は、この2つの相反する問題に適当なバランスを与えるべく、様々な模索をしたはずですが、それは失敗に終わってしまったのです。

上で挙げた例を見ると、学問の世界で自分の見解を示すことの難しさというものが理解してもらえると思います。そして、この難しさは精神年齢が高い人々でも感じるものなのです。それなのに、自分の見解を破綻なく示すことに加えて、他の人にはないものを書くということを、学問を学ぶ者としてのスタート地点に立ったばかりの大学受験生に要求することは適当なことだと言えるのでしょうか。僕の指導経験からは、否定的な見解しか導き出すことしかできません。次回の記事では、生徒が「個性的」な小論文を書こうと意識すると、どのような問題が具体的に生じるかということについて説明したいと思います。

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