2015年度帰国生大学受験セミナーの現場から見えたことvol. 7―帰国生大学入試についてvol. 235―

(2016年6月8日 18:45)

こんにちは。SOLの余語です。
「帰国生大学入試についてvol. 234」では、学習意欲を支える知的な好奇心について、それが順調に発展し、身近な問題だけでなく、他人の思考や社会的な問題といった一見、自分には縁遠いと思われるものまで対象を含むようになるかどうかは、周りの大人のサポートや個人が置かれる状況の影響に左右されるということを述べました。そして、このことはこれまで家庭の経済力や社会階層の上下という文脈で語られており、この考えに従えば、貧困層の家庭で育つと子どもの知的な好奇心が引き出される可能性が低いものとなるということになります。

家庭の状況という視点からの分析は重要なもので、子どもの教育に関する問題を考えるにあたって有用な視点を提供してくれます。しかし、教育の現場に立っていると、それだけでは説明することのできない状況が広がってきているように感じます。それは、本来であれば広い範囲の物事を対象とした知的な関心が引き出されているはずの、経済力があり上位の社会階層に属していると考えられる家庭の子どもでも、「この年齢であればこれぐらいの問題については考えていてもおかしくない」ものに関心が向っていないケースが以前に比べ多く見られるようになったということです。誰でも気軽にアクセスできるインターネットに子どもの知的な好奇心や学習意欲をどのように引き出すかということに関する記事が投稿されるだけでなく、比較的社会階層が高い人々が目にする機会が多い書籍の形でも多く出版されているのを見ると、上で述べたような傾向は僕らの生徒に限定された問題ではないのだと思います。

自分に一見関係がないと思われる問題に対して関心が持てない状態が社会階層などに関係のない一般的な問題になりつつある状況の背景にあるものについては、教育問題を論じる人々の間で様々な考え方があり、その中でも社会規模の変化に着目するものが目立っています。例えば、内田樹氏は『下流志向』という一時期話題になった本の中で、現代の子どもが社会参加の初期段階で消費者としての体験をしてしまうことが大きな影響力を持っていると述べています。以前は家庭内の労働を担当することによって家庭や社会における居場所を確保していた子どもたちは、家事の機械化などが進む中で周りから認められる機会が減ってしまいました。一方で、彼らは幼少期から消費活動を行っており、そこで商品やサービスの売り手から敬意を示されることをもって、社会的な認知を受けたと感じ、その後は全ての行動を消費活動と同様のものと捉えるようになるのと同時に、「よい消費者」になることを目標にするようになるのです。

内田氏によれば、現代社会に見られるこのような傾向は重大な影響を伴っており、その一つが、子どもたちが「よい消費者」になることを目指す中で、目の前に提示されたものについて自分は何でも分かっているふりをするようになる(そうでないと、売り主にだまされてしまいますよね)ことです。また、自分が理解できる言葉を使ってその有用性を説明することを「売り主」に求める姿勢にもつながりますが、何かを学ぶことの意義を子どもが実感を持てるように事前に説明することは難しいことであり(「就職する時に英語ができれば有利になる」と言っても、日本の中高校生の間で英語の学習が嫌いだと述べる人が減るどころか増えていることがそれを示しています)、結果的に多くの子どもから年齢相応な知的関心や学習意欲を引き出すことができないということになります。

それに加えて、経済的な取引では、売り手と買い手の両者が合理的な判断を十全に行う能力を取引が実際に行われる時点で持っていることが前提になります(だから、携帯電話を購入する時に、未成年の人は保護者の同意が必要になるのです)。この図式を教育や医療など社会の様々な活動に当てはめて考えるという傾向が子どもに限らず、社会全体に広がっていますが、その中で当事者は十分な判断能力を持つ存在に成長するよう促されることはないようです。そして、教育という文脈で言えば、子どもの知的な関心を引き出すための周囲のサポートが十分なものではなくなる可能性が出てくるのです。

以上のように、内田氏は子どもの消費者化や、消費社会的な考えが広がっているという社会的な変化を、子どもの知的な関心や学習意欲に関する問題を結び付けています。そして、僕もこのような社会全般の変化が子どもに及ぼす影響について考える必要があると考えており、次回は最も顕著な変化の一つと思われる情報化の進展という観点から子どもの知的な関心についての問題を考えてみたいと思います。

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