新年のご挨拶(2) ―SOL帰国生大学受験セミナーについてvol. 273―

(2024年1月8日 19:00)

こんにちは。SOLの余語です。
前回は、帰国生入試や総合型選抜で十分な成果を出すのに必要なコミュニケーション能力について、日本語運用能力に大きな問題がないにもかかわらず周りの人と話すことについて消極的な姿勢を示す人が最近目立つようになってきたという話をしました。彼ら/彼女らに共通するのは自己評価が低いことですが、周りの大人が子どもに好ましい行動をするよう促す際などに自分の「武勇伝」を語ることがそのような状況を生じさせる要因の一つになるという指摘があります。

日本の若い人の自己肯定感が全体的に低いことは多くの国際的な調査でも明らかになっていますが、もしこれが前回紹介した成田氏のような論者が考えるように、以前よりも深刻なものになっているのであれば、最近の表現で言えば「イキる」大人が増えたと考えられますが、その背景には何があるのでしょうか。この点、ここ数年で読んだ内田樹氏や鷲田清一氏の文章では、人々が生きる社会の状況が彼ら/彼女らの思考のあり方に大きな影響を与えるということが述べられていました。

例えば、太平洋戦争に敗戦した後、それに様々な形で関わった人々は戦争中に自らが非人道的な行為をなしたこと、もしくは日本社会を破滅的な状況に追いやった戦争が継続していくことに歯止めをかけられなかったことに罪悪感を持ち謙抑的な態度を見せる人が多かった一方で、終戦直後に生まれた団塊の世代は日本社会が特に経済の面において右肩上がりに成長し自分たちの生活も毎日より良いものになっていく中で育ったために全てのことの先行きに関して楽観的に考えるようになったとされています。

このような観点から考えると、現在の10代の人の保護者を含めた周りにいる大人は大学生やその下の年代である時に高度経済成長が終わり、経済的に「勝ち組」、「負け組」に分かれていったと言われる世代であり、前者に分類される人々は子どもに自分と同じような安定した生活を送ってもらいたいという思いに合わせて、特に保護者の場合は自分に似た遺伝的形質などを持っている以上学習に取り組んだり生活で直面する問題を解決したりしようとする際に自分と同様の水準で対処することができるはずと考えて、周囲の子どもに「武勇伝」を語るということになるのかもしれません。

この教室では以前から、僕らが生徒やその保護者によって小説や映画に出て来る「近所のオジサン」的な役割を果たしていると評価されることがあります。生徒が帰国生入試や総合型選抜の受験準備を行う際に多くの時間を共に過ごすことに加えて、保護者のように子どもの成長に対して最終的な責任を負わなくてもよいという状況から冷静に物事を考えることが可能であったり、企業で働くサラリーマンが労働者の大半を占めるようになった現代社会において自分たちの理念を貫こうとする姿勢を維持したりしていることがそのような評価につながっているのではないかとこれまで考えていました。

しかし、社会が上で述べたような状況にあることや、小説や映画に出て来る「近所のオジサン」とされるキャラクターが「イキらない」、もしくは「イキっている」ような発言が額面通りに受け取られないような行動をしている(『男はつらいよ』の「寅さん」がその典型例ですね)人であることを踏まえると、僕らが生徒の周りにいる大人のように彼ら/彼女らに対して「イキらない」ことも関係しているのかもしれません(好ましいことなのかはよく分かりませんが、実際に僕が同年代の人と同じように接することができるので気楽だと言う人が多くいます)。

ここまで述べたことを踏まえて、今年も(頼りない大人であるように見えるかもしれませんが)生徒のコミュニケーション能力をできるだけ高め、彼ら/彼女らの帰国生入試や総合型選抜の受験がより充実したものになるために「イキらない」大人でいようと思います。

それでは、帰国生の大学受験やSOLの帰国生大学受験セミナーなどに関して情報をご希望の方は以下のフォーム、もしくはinfo@schoolofliteracy.comよりご連絡ください。よろしくお願いいたします。

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